08-物理的心霊現象

以上、一八四八年のハイズヴィル事件から一九三〇年代までのスピリチュアリズムの歴史を、ごく大まかに見てきたわけであるが、ここでその内実を少し整理しておきたい。
スピリチュアリズムの爆発的流行は、テーブル浮揚を中心とする「交霊会」の流行と、超常的現象を起こす霊媒の輩出によって支えられていた。何よりも、「霊が引き起こしているとおぼしき奇跡的現象」が、多くの人の心を捉えたのである。
一般に、超常的現象には、二つの種類があるとされる。一つは、物理的心霊現象で、現行の科学では説明できない奇跡的物理現象が起こること。もう一つは、情報的心霊現象で、物理的手段によっては入手不可能な情報がもたらされるものである(これは従来「主観的心霊現象」と呼ばれてきたが、語弊があるので「情報的」とした)。
十九世紀の後半は、物理的心霊現象の百花繚乱の時期であった。最も単純な「テーブル浮揚」に始まり、人体浮揚、音・光・芳香の発生、石板やノートに字が現われる「直接筆記」、物体の消失や出現、エクトプラズムという半物質状のものによる様々な形態出現、霊の体が現われる「物質化現象」(手など部分的なものもあるし、全身が物質化する場合もある)などなど、きわめて多彩な「奇跡的現象」が起こった(これに関しては田中千代松編『新・心霊科学事典』がかなり詳しい記述を収めているので、そちらを参照されたい)。
物理的心霊現象は、実見した人には相当のインパクトがある。見えない主体が存在するということを、じかに感じ取ることができる。スピリチュアリズムのブームがあれほどまでになったのは、まさしくその力によってであった。
だが、物理的心霊現象には、様々な疑義が伴う。
まずは「ペテン」の問題である。これは当初からスピリチュアリズムにまとわりついた大問題で、SPRは有名になった霊媒を対象にして、しつこく「ペテン」かどうかを検査した。中にはヒュームのように、誰がやっても「ペテンの証拠」をつかめなかった霊媒もいるが、多くの霊媒は、疑惑の対象になった。
スピリチュアリズムのブームの中で目撃された心霊現象の中には、かなりの比率でペテンが混じっていたことは否定できない。ブームに乗じ報酬や喝采を目当てにペテンの霊現象を演じてみせる不届き者もたくさんいた。
事態を複雑にさせるのは、霊媒が「時折トリックを織り交ぜることがある」ことである。有名な例では、世紀末に活躍したイタリアの女性霊媒エウサピア・パラディーノ(一八五四―一九一八)がいる。彼女は幼少から霊能を発揮し、様々な現象を起こした有能な霊媒であったが、科学者たちのきわめて厳密な監視下で疑いのない物理的霊現象を起こすかたわら、監視が不十分だとトランス状態のまま平気でトリックを働いた[ブラム、二〇〇七年、二七二~二七六頁]。彼女自身、実験の際には必ず観察者にこう言ったという。「私はインチキをするかもしれないから、そんなことがないようしっかり見張っていてくださいね」[ピクネット、一九九四年、254頁]。霊媒たちの申し立てによれば、心霊現象はコンスタントにできるものではないので、臨席者の期待を裏切らないようにと思う余り無意識に不正を働いてしまうことがあるし、マイヤーズ通信によれば、懐疑的な臨席者が「トリックをするぞ」と強い思念を発しているとそれに支配・誘導されてトリックをしてしまうこともあるという[カミンズ、一九八六年、二四二~二四三頁]。霊の実在を認める立場からさらに付け加えれば、悪意をもって妨害する霊的存在もいるだろうし、場合によっては主導している霊自身が何らかの理由で「つまずきの石」を差し出すのかもしれない。
フローレンス・クックがペテンの現場を押さえられたということは前に述べたが、フランク・ハーン、メアリー・シャワーズといった、やはり「全身物質化現象」を起こすとされた霊媒も、インチキを見破られたことがある。懐疑派はそれによって彼らが起こしたすべての現象、そしてスピリチュアリズム関連のすべての現象をインチキだとするが、それはいささか論理的ではない。かつらをかぶっているからといって、自毛がないという証明にはならないし、一個のリンゴが腐っていても全体が腐っていることにはならない。
さらに厄介なのは、霊媒が後年になってトリックをしたと告白するケースがあることである。ハイズヴィル事件のフォックス姉妹も、かなり晩年になってラップ音は足の関節を使ったものだったと告白した(さらにその後それを撤回した)。フローレンス・クックも、後年クルックスを騙したと告白したという情報もある[ピクネット、一九九四年、二五〇頁]。霊現象を白眼視する世間の圧力に負けた場合もある(フォックス姉妹の場合はそうだったらしい)ので、こうした告白も逆に一〇〇%信用できるものではない。
信憑性というのは、霊媒自身の人格によって大きく左右されるものである。ヘンリー・スレイドという「石板直接書記」(袋に入れて封印した石板にチョークの文字が記される現象)で有名なアメリカ人霊媒は、一八七六年にイギリスを訪れ様々な現象を披露したが、懐疑的科学者からペテンと告発され、ウォーレスらの弁護の甲斐なく、裁判で有罪となった。刑執行の直前にスレイドはイギリスを脱出することができ、ロシアやプロシア、フランスなどで実演を続けた。ライプツィヒでは科学者の監視下で「白」との結論が出たが、ロシアでは超常現象研究家アクサコフが「黒」と判定した。フランスではシャルル・リシェが「霊媒の正直さに問題がある」として判定留保の態度を取った。後年スレイドはアルコール中毒になり、道徳性や精神の正常さを失って、一九〇五年に他界した[Fodor, 1933, pp. 345-346]。一般的にはペテン師と評価されるが、すべての現象がペテンだったとは断定できない。ただ、当人の性格に問題があったため、そうした評価はやむを得なかったのかもしれない。

ペテン論争は常に曖昧な結論となるが、さらに物理的心霊現象の価値を低下させる状況が生まれた。それが「奇術」の発展である。
奇妙なことに、この時代は奇術の隆盛期でもあった。それまでも見せ物としての奇術は存在したが、秘教や魔術との結びつきを称するものだった。ところが一八四五年にフランスのロベール=ウーダン(一八〇五~一八七一)が、宗教的装飾を一切排し、純粋なエンターテインメントとしての舞台奇術を始めると、これにならった奇術師が続々と登場するようになった。現代行なわれている舞台奇術のほとんどはこの時代に原型があるといい、ウーダンは「近代奇術の父」と称されている。こうした奇術師たちは、交霊会で起こっている現象のほとんどは、トリックでできると主張し、また実践してみせ、スピリチュアリズムを嘲笑した。
こういった構図は今もよく見られるもので、「奇術で同じことができるからそれは超常現象ではない」と主張する否定派は多い。これはかなり無茶な論理で、結果が同一だからといってプロセスが同一だということにはならない。機械でパンが焼けるからといってすべてのパンが機械製だということにはならないはずである。しかしながら、奇術の高度化は、霊が実演していると主張される超常現象を、「どうせ奇術だろう」と思わせる力として働いたことは否めない。

さらに物理的心霊現象が、霊の実在の証明になるかという点も、疑義が発生した。一部の現象は、「生きている人間の心」が起こしているという可能性が、排除できないのである。実際、念力(psychokinesis)というものは存在するようで、念じることでスプーンが曲がったり、蓋をしたカメラ内のフィルムに画像が写し出されたり、物体や人体を動かしたり、といった例は多数ある。実際のところ、スピリチュアリズムの側から言えば、「生きている人間の心」が起こせる物理的心霊現象はごく限られたものであって、海水やヒトデとともに砂を出現させるといったようなことは、霊(しかも物質操作に長けた、比較的低次の霊)の関与がなければ不可能なのだが、そういうことを言っても納得しない人は納得しない。「生きている人間の心」に超常能力があるのなら、霊などというあやしいものを持ち出さずとも、それですべて解釈できるという主張が出てきてしまうのである。
確かに、物理的な超常現象が起こったとしても、それが即「霊の実在証明」となるかというと、そうではない。それを証明するには、複雑な手続きが必要であって、単なる物理的心霊現象だけでは不十分なのである。さらにそれを起こしている主体が、「かつて生きていて、今は死んでいる人間」だという証明も、また別の手続きが必要である。物理的心霊現象は、見えない世界の実在を感覚的に納得させるものではあっても、「人間の個性は死後も存続する」というスピリチュアリズムの核心主題を証明するには、あまり有効ではないのである。
結局のところ、スピリチュアリズムのブームの中で起こった様々な物理的心霊現象は、多くの人をスピリチュアリズムに引き込む原動力とはなったが、知的・合理的説明がないと納得しない人々には、「霊の実在の証明」とはならなかった。そして、不思議なことに二十世紀に入ると、物理的心霊現象を起こせる霊媒自体が、少なくなっていったのである。