11-前世療法

「臨死体験」のブームは、しかしそれなりの功績があった。一つは一般人の「死後」への関心を呼び覚ますという功績であり、もう一つは、別の波を呼び寄せる触媒の役割を果たしたというものである。その別の波とは「前世療法」である。
前世療法は、年齢退行催眠によってクライエントを“出生以前”にさかのぼらせると、過去生らしき記憶が出現し、それによってクライアントの抱えていた心身症状が軽減するという心理療法(催眠療法)である。
前世療法の歴史は案外古く、フランスで十九世紀半ばに試みられ、二十世紀初頭には、心霊現象研究家ド・ロシャスの活動や刊行物を通じてある程度の人気を博していたという[スティーヴンソン、二〇〇五年、一〇七頁]。フランスではメスメリズム(メスマーの動物磁気説に由来する催眠療法)が広まっていたし、カルデックのスピリティスムが早くから再生説を説いていたという影響もあるのだろう。
アメリカでの前世想起催眠の広まりは、一九五六年の「ブライディ・マーフィー事件」によるところが大きいと思われる。モーリー・バーンステインという催眠術師(J・B・ラインと交流して超心理学を学んでいる)が、ヴァージニア・タイという女性に退行催眠をほどこしたところ、彼女は、アイルランドに暮らし、一八六四年に六十六歳で死んだブライディ・マーフィーという女性の生を想起し、建造物や自然地形を始め様々な記憶を語った。ヴァージニアはアイルランドを訪れたことがないのに、そこで語られた情報は、調査をしてみると驚くべき一致を見せた。そしてこの実験は『ニューヨーク・タイムズ』を始めとするメディアで大きく取り上げられ、全米およびヨーロッパで話題となった。「ブライディ・マーフィー事件」は、ちょうどスピリチュアリズムにとっての「ハイズヴィル事件」のように、ある時代の幕開けを告げる事件だったのかもしれない【10】。
これによってアメリカでは多くのセラピストが前世療法を実践していくようになるが、その成果はなかなか公表されなかった。キリスト教にとってタブーである「生まれ変わり」事例なので、ブレーキがかかったようである。それを打破したのが臨死体験ブームであり、前世療法家は、自分たちのクライエントが報告する「前世での死の直後」の記憶と臨死体験との共通性を発見し、公表への意欲を持つようになった。八〇年代後半に著書を刊行したホイットンもワイスも、ムーディの研究とその大きな反響に促された旨のことを述べている。
そして八三年にグレン・ウィリストンの『生きる意味の探究』[ウィリストン他、一九九九年]、八六年にジョエル・ホイットンの『輪廻転生』[ホイットン他、一九八九年]、八八年にブライアン・ワイスの『前世療法』[ワイス、一九九六年]と、次々に本が刊行され、学会・会報誌も生まれた。特にワイスの本はそのドラマティックな叙述で多くの人を魅了し、世界的なベストセラーとなった。催眠による前世探索は、心理療法というよりは前世記憶それ自体を求めるものとして、広い流行となった。このブームは日本にも押し寄せ、現在では百近い機関が前世療法を実施していると見られる。
前世療法については、その大衆的人気に反比例するように、厳しい批判もある。唯物論者が否定するのは当然だが、「生まれ変わり」研究の大家であるイアン・スティーヴンソンさえも次のように述べている。
《遺憾ながら催眠の専門家の中には、催眠を使えば誰でも前世の記憶を蘇らせることができるし、それによる大きな治療効果が挙がるはずだと主張するか、そう受け取れる発言をしている者もある。私としては、心得違いの催眠ブームを、あるいは、それに乗じて不届きにも金儲けの対象にしている者があるという現状を、特に前世の記憶を探り出す確実な方法だとして催眠が用いられている現状を、何とか終息させたいと考えている。》[スィーヴンソン、一九九〇年、七頁]
厖大な労力を費やして実証研究を蓄積してきたスティーヴンソンからすれば、安易に前世を云々する大衆的セラピストや巷の霊能者と一緒くたにされるのは心外だというのは当然かもしれない。ただし、彼はその後、「私は、自らの手で調べた応答型真性異言の二例が催眠中に起こったという事実を忘れることができない。このことから私は、催眠を使った研究を決して非難することができなくなった」と述べ、見解を修正している[スティーヴンソン、二〇〇五年、一〇六頁]。
また、一般の催眠療法家にとっても、前世療法は目障りな存在のようである。そもそも催眠というものは、一般人からは偏見を持たれやすいものである【11】。「正規の催眠療法」を自認し、現在の科学体系に加わろうと必死に苦労している催眠療法士にとって、前世療法は世間の白眼視をさらにひどいものにする、けしからぬ存在と映るのも当然だろう。
このように、大衆的な人気があり、アカデミーや正統を自負する人々から白眼視されるというのは、どことなく往時のスピリチュアリズムと似ているようだが、そこには何か符合があるのかもしれない。

前世療法に関しては、様々な謎がある。
まず、前世療法において想起された前世記憶は真実なのかという問題がある。想起した当人はおおむねそれを自身の記憶として受け取るが、主観的な判断はあくまで主観的なものでしかない。通常、前世療法は、心理的症状を抱えたクライエントに対して行なわれ、「前世想起」によって症状が寛解すれば、療法として意義があったことになる。そこで出てきた前世記憶が真実かどうかは、治療的には大きな意味を持たない。クライエントが主観的にそうだと思えば、それでいいわけである。であるから、ワイスにしろホイットンにしろ、前世記憶の実証性の追究は、まったく不十分である。ウィリストンは、いくつか、実際に史実と符合し、しかも通常の方法では得ることがほぼ不可能な想起があることを紹介している(たとえばかなり以前にダムで水没して今は存在しない村の名前など)[ウィリストン、一九九九年]が、厳密な立証の記述はない。前世記憶の真偽を実証的に追究した試みは、管見によれば「ブライディ・マーフィー」の他には、シカゴ在住の女性が十六世紀スペインの女性の人生を語った「アントーニアのケース」[Tarazi, 1990]、日本の女性が江戸時代に浅間山噴火の犠牲となった少女の人生を想起した「タエの事例」[稲垣、二〇〇六年]の二例に過ぎないし、三例いずれにおいても、当該人物自身の歴史的記録がないなど、完璧な実証にはなっていない。
また、仮に実在のものであるとしても、果たしてそれがクライエント当人の生であると言えるのか、当人がそれを生きたと言えるのか、というきわめて哲学的な問いも存在する。この問題はまた改めて触れることにする。
さらに、症状の寛解に関する検証も、意外と曖昧である。想起したことで劇的に効果が現れるケースが多く紹介されているが、果たしてその効果が持続するのか追跡的に調査されているかは不明である。また、なぜ症状が寛解するのかという問いは、心理療法におけるすべての場合と同様、仮説の域を出ない。ある学説によって治療し治ったとしても、厳密にその学説が正しいと立証されるわけではないからである。
このように、前世療法をめぐっては、謎がたくさんある。ただし、クライエントが、自らが前世に生きたことを実感することで、死後存続を確信し、死を恐れなくなり、さらには自らの人生の意味について何らかの確信を得るということは確かにあるようである。このような自覚は、臨死体験の場合と同様であり、その意味で、臨死体験も前世療法も、主観的な体験として、死後存続を多くの人に納得させるものだと言える【12】。

【10】――この事件に関しては、バーンステイン、一九五九年、および、C. J. Ducasse, How the case of The Search for Bridey Murphy stands today, Journal of American Society for Psychical Research, 54, 3-22. を参照。もちろん否定的意見もたくさんある。
【11】――催眠療法自体は、特別に「あやしい」ものではないのだが、それに対する一般の人々の抵抗感はことのほか大きい。ここには超常現象や霊に対するのと共通する何らかの心理作用が働いているようにも思える。
【12】――ただし、これも謎の一つと言えるが、催眠、特に前世退行ができるほどの深い催眠には、誰もが入れるわけではない(催眠に入りやすい人とどうやっても入らない人がいるということについては、いまだに理由が不明で、催眠の謎の一つである)。ホイットンは四%~一〇%と言っているが、もっと高い数字を上げる臨床家もいる。いずれにせよ前世療法は、残念ながら万人が体験できるものではないのである。